大野ナツコ
【総評】
環境、境遇、芝居に対する思い、取り組み方、色々な要素が異なる中で作り上げてきたものに優劣をつけるのはナンセンスなことなのかもしれません。「皆違って皆いい」がより強く謳われる昨今ですから、今の若い世代には私達以上に強く刻み込まれている事だと思います。
私自身も正直レースというものはあまり好ましく思っていません。演劇に関してなんて殊更そう思います。すべてにおいて平等ではないからです。
このような賞レースで皆様に平等に与えられるのは、制限時間くらいでしょうか。
ですが優劣がつくということを一概に否定もできないのも事実です。
何かが決まるという事は、そこから何かが生まれるということでもあると思うからです。
悔しさ、誇り、諦め、楽しさ、それが何かはわかりませんし、全員に当てはまるとも思いませんが、何かの原動力を持って帰るには格好の場所でありそこから次々に新しい何かが生まれていく一つの要因であると思うからです。単独で上演するのとは違う「刺激」というものが得られる場でもあると思います。
なので「評価される前提」という恐ろしい条件の中、この学生演劇祭に首を突っ込まれた皆様におかれましては、尊敬しかありません。賞レースに否定的とはいえ、やっぱり負けたら悔しいし、批評されるのは恐いと思ってしまうからです。褒められたら嬉しいけど。なのでその勇気と無謀さを忘れずに、これからも演劇を続けて欲しいです。確固たる目標を持ってでもいいし、なんとなくでもいいです。
せっかく足を突っこんだんだから、頭までどっぷりつかってみるのもいいんではないでしょうか。
いつかどこかでお会いした時に、「あいつ大したことねぇな」って思われないように、私も頑張ります。
【個評】
◎劇団超熟アトミックス「今を舞う」
ダイジェストのような作品の構成において、役者の力というのはとても重要だと思います。
短い上演時間の中で、主人公の人生のポイントとなる出来事を表現しなければいけないわけですから
丁寧に、時には大胆に。今回の作品においてはいずれも足りなかった印象でした。
一つ一つの所作、視線、呼吸、立ち姿、いずれをとっても何か意味を含んでいるものであり
無駄なものはありません。
全体的に表現への自身の無さ、迷いなどが見られ、そちらの方が気になってしまい、話に集中出来なかったというのが正直な感想です。
主人公の少年期→青年期で突然の配役変更、何か狙いがあったのでしょうか?
青年期の主人公を男性が演じるなら配役の変更はあって然るものだとは思うのですがそのまま女性が担うのであれば、少年期の役者さんが演じられれば余計なノイズが入らず、もっと素直に見られたのではと思います。男女逆転配役も同様、意図が伝わらなく、残念でした。
短編にするには少々難しい題材を選択されたのは挑戦的で素晴らしいと思います。
本をブラッシュアップし、役者も鍛錬をすれば素敵な作品に化けると思っています。
経験値を積んで欲しい団体さんでした。
◎ラムネ瓶と青春「Latitude」
冒頭のモノローグと舞台セット、雰囲気から今流行の「〇〇しないと出られない部屋」的な展開を予想したんだけどそうでもなかった…という話を知り合いの劇作家にしたら「いや、実はそうなんじゃないですか?」と返されました。なので今でもやっぱりそうだったんじゃないか…と思っています。
自殺を選択した先輩との対話。死んだのに楽しそうな先輩と、生きているのに辛そうな後輩。
死と生への人それぞれの解釈が上手く表現されていて共感性の高い作品でした。
同性愛をも組み込んだ、時代に切り込んだ作品でしたが特異性がない雰囲気づくりも好感が持てました。
キャスティングも抜群でしたね。後輩役の役者さんは、ぎこちなさもありましたがあの生々しさはなかなか演技で表現できるものではなかったと思います。先輩役の方も、しっかり先輩らしく後輩を牽引されてましたし、飄々としたキャラ造りが上記の特異性への緩和剤になっていたと思います。
女性役の方なんですが、衣装に気を配った方がいいと思いました。特定のブランドとすぐわかるものは
何かしらの意図がない限り、衣装には使用しない方がいいと思います。少なくとも私はそれが視覚的ノイズとなってしまいました。
前半に、随所に散りばめられたネタが、ただのネタにも伏線にも取られるのが中途半端になってしまっているのが残念でした。ネタならネタで、もっと振り切ってもよかったように思います。フリップ芸、一つでもいいから見たかったです。これからの発展に期待したい団体さんでした。
◎劇団ちゃこーる「口紅と十五」
舞台セットが一番凝っていて、尚且つそれがしっかり生かされている作品でした。
起承転結がわかりやすくてとっつきやすく、時間内に綺麗に収められていました。
ただ、講評会で他の審査員の方が仰られていた通り、最初から最後の展開までが主人公の妄想で終わっている印象があり、他者の介入による主人公の変化、ではなかったのが惜しいポイントだったように思います。
逆にいうと妄想なのであれば、もっと特異なアプローチ法もあったのではないかと思います。
リアリティのある展開のせいで、ある登場人物の不可解な行動が目立ってしまい動機が不明瞭、かつご都合主義に思えてしまう場面もあり、時にそれがノイズとなってしまうこともありました。
とはいえ、説明台詞に頼らず、間や緩急、表情で見せることのできる役者さんが多く安心して見ることができた作品でした。上演開始から空気をしっかり纏ってお芝居をされていて、観客をしっかり牽引できる力をもたれている印象でした。
◎劇団Tips「さじさげん」
着想が大変面白く、どこかラーメンズを思わせる構成で楽しませていただきました。
「フォント」という特定の人にしかピックアップされない媒体を選んだセンスは抜群です。
しかし、「センスのいいテーマ」に留まってしまった印象でした。
「フォント」という、身近なのにニッチな媒体を選んだのにそこに深く踏み込まず、正直これならどんなテーマでも通用するじゃん、という内容だったのが残念で「フォント」ならでは!という要素がいまいち足りなかったように思います。
「明朝体」の「ゴシック体」に対する憧れがもっとバカバカしくも丁寧に描かれていたら…
フォントあるあるや、フォントマウントをもっと盛り込んで、もっとコントに全振りしていたら…
デウスエクスマキナも投入しているのですから、もっとバカバカしく滑稽だったらきっともっと楽しかったのになぁという感想です。
実に惜しい。しかし伸び代のある作品だと思いました。
神力を持ってしても覆る現実。きっとex明朝体は無限ループに陥っていくんだろうなぁと思うと滑稽でもあり、ただどこか後味も悪くて、観客に解釈を委ねる終わり方でとても魅力的でした。
演技に関してもぎこちなさが表出してしまっていたので、稽古を重ねてもっとパワーアップしたバージョンを見たいと思える団体さんでした。唯一の俳優が男性のみの団体さんだったので、そこも強みとして伸ばしていけたら良いと思います。
◎劇団翔「ボラダ」
舞台美術が気合入っていて、上演前の視覚情報がわかりやすく提示されていました。
ただ、それが特に生きてこなかったように思います。正直、どれもこれもなくても成立してしまうものでした。美容整形の看板とか、目を引くものだった割りに話の展開にいまいち効果があるとは思えませんでした。場面の説明なら、台本や演出でもどうにかなるものだと思います。舞台が駅のホームという、馴染みの深い場所だったら尚更です。クオリティの高い美術だっただけに、そこが残念でした。
台本や演出の工夫もあまり見られなかったのが物足りなかったです。照明効果や音響でもっと見せられるのではないかと思いました。
これは例えばの話ですが電車が通り過ぎた際に照明を落とすなどして、絵に少しでも変化をもたらすだけで
観客の姿勢も変わったのではないかと思います。
センセーショナルでセンシティブな題材をテーマにしている割に、特に何も起こらず変わらず終わってしまった印象でした。扱いが難しいテーマが故に慎重になるのは当然かとは思いますが、選んだからにはもっと踏み込んで、安易に使用した印象にならないようにする覚悟も必要かと思います。
少なくとも今回はタブーを寄せ集めた闇鍋のような印象しか残りませんでしたので、一つに絞って突き詰めていくのもいいのではないかと思いました。
カズ祥
【総評】
色々な制限がある中、形にし、本番を迎えられたこと、とても素晴らしいことだと思います。
参加団体の皆様、実行委員の皆様、本当にお疲れ様でした。
それぞれの団体、自分たちのやりたいことがしっかりと感じられ、とても興味深く、楽しく観劇しました。
ただ、どの団体も『何を観せたいのか』という点に置いてあと一歩という印象でした。
僕自身としては、20分という時間の中でも色々な事象を積み上げていき、影響され、言動が変わっていくという変化・心の動く瞬間を観たいと思っています。
この後に続く個評ですが、これだけが正解という訳ではありません。
こういった感想もあるんだな。と1つ引き出しに入れて置いてくださったら、嬉しく思います。
【個評】
◎劇団超熟アトミックス「今を舞う」
20分という時間的制約がある中で壮大な世界観を見せて貰えました。
ただ、その壮大な中で『何を観せたいのか』ということが明確で無かったことが勿体なく思います。
演劇はお客さまに観てもらって完成するものです。表現することまでで終わらないようにしたらもっと良いかと思います。
また衣装や小道具は役者側もこだわりを持って提案していくことも大切です。マーシャ(大人)は前半は硬かったですが、後半はとてもよかったです。
◎ラムネ瓶と青春「Latitude」
ストーリー展開は良かったのですが、台本の大幅カットで小林の存在が薄くなってしまったのが惜しかったです。
会話劇だったので、音響と声量のバランスや、台詞の噛みが多くなるのを気をつけないと、観客のフラストレーションになっていくので気をつけたほうが良いと感じました。
前半はもっとわちゃわちゃと笑いを取ったほうが印象に残ると思うので、後々の伏線のためには会話で笑いを取ったほうがいいかなとも思いました。
ラスト、ノートを置いたあとの徳永を見たいので、そこはたっぷりとやってほしいなと思いました。ここのための『19分』でいいとすら思いました。
◎劇団ちゃこーる「口紅と十五」
最後まで面白く観られました。音の方向性や音量もよかったですし、ラストの照明変化もとても良かったです。
演劇祭の構成上難しいかもしれないのですが、プリセットしているところもお客さんに見られるということは自覚しておいたほうがいいと思います。
笑わせるところ、早着替えなど諸々とても面白かったのですが、ストーリーの展開上、どうしてもラストシーンが誰の影響も受けてない自家発電での展開になってしまうのは勿体無かったです。
また、主人公の明人の行動倫理にご都合主義の部分が多々あり、理解に苦しむところがありました。
◎劇団Tips「さじさげん」
題材はとても面白く、劇場も一番上手く使えていたと思います。
ただ、コントと捉えてみるにしては笑いの要素が少なく、ストーリー重視にしては浅いように感じました。
照明はとても綺麗だったのですが盛りすぎていて、どこのシーンが一番見せたいのかが分からず、勿体無く感じることがありました。
衣装に関しては一考の余地があったのではないかと思います。
言うなれば、スタッフワーク以外のこだわりが少なく感じました。題材そのものの面白さを膨らますことができていなかったかもしれません。
◎劇団翔「ボラダ」
扱いづらいテーマにチャレンジしていることは面白いと思ったのですが、心のやわらかい部分の題材を扱うなら、それなりの覚悟を持ってやってもらいたいなと思います。
本当にそういうことがあった人に見せられるのか、なにをどう見せたいのか、作からも演出からもあまり伝わってこなかったのが残念です。
◎はっぴぃ✡️ゃみゃみ「グラデーションボンバーガールいとうありさ」
完成度が高くてとても面白かったです。照明とか音響と役者の動きのタイミングがぴかいちでした。役者の切り替えがとても面白かったです。
あえて言うなら、「歌をうたうたびに」というような台詞のアクセントがおかしかったり、着替えが長かったり、といった細部が気になり、まだ良くなる余地がある気がしました。特にラスト、アイドルのあたまを台詞を言いながら取ったあと、袖にはけてもう一回着替えてくるのですが、それらは同じ効果なので、どちらかを有効に見えるようにした方がいいかもしれません。はけるならお酒を持ってきて開けるとかタバコに火をつけるとか、舞台上でほんとうに着替えるとか、工夫したほうが良かったかなと思います。
鳴海康平
◎劇団超熟アトミックス「今を舞う」
疫禍でしばらく活動できなかった中、限られた条件で描きたい世界観に挑戦している姿勢に初々しさを感じました。
ただ、描きたい世界のディテールを詰めたりする余裕がなかった印象を受けたことや、物語に丁寧さを欠く点、演技や表現のデッサンに甘さが見えたことが惜しくも感じました。
それでも、メンバーでクリエイションする楽しさ(苦しさも含めて)は十分に現れていましたので、これからが楽しみです。
◎ラムネ瓶と青春「Latitude」
よくある物語的トリックを使ったテキストでしたが、ほぼ二人芝居でテンポよく言葉をつないでいたことに力を感じる作品でした。
惜しいのは、言葉でほぼすべてを説明してしまっていたこと(言い換えれば言葉になっていることの外に視野が広がらない)と、笑わせるためのその場限りのネタや言葉の扱いが多いことで、人物の人間性が狭く感じられてしまったことです。その課題をクリアできれば、ひとの想いという千差万別な個人的なモチーフを扱うことで、どこかですでに感じたことがある情緒が再生産されるだけに留まらない味わいが生まれたように感じます。
◎劇団ちゃこーる「口紅と十五」
瑞々しい演劇的な突破力のある演出と、今では身近になってきた悩みを軽快に描く物語を気持ちよく観ることができましたが、演劇的な演出の飛躍を楽しませるための基準となる論理性や現実性が、演出の上でも、美術の上でも、物語の上でもあいまいになっていることが、この作品の魅力を大きく損なっていると感じました。加えて、中心となる人物の悩みとその解決のために用意された周囲の人物や設定に深さや真実味を感じにくい点にも課題を感じますが、それらをひとつひとつアップデートできれば、もっと気持ちのよい作品になると思います。
◎劇団Tips「さじさげん」
擬人化を使い、フィクションの得意技、武器を活かした小気味良い作品でした。シンプルでわかりやすい設定と物語を選んでいるため、それを「どう見せるか」に焦点が絞られることになりますが、よく見かけるクリシェが多用されていて、もっと彼ら自身の工夫や表現を見たくなりました。シーン間のブリッジの工夫や、演技や発語、そしてシーンそれぞれの緩急やテンポに、もっとたくさんのバリエーションが生まれると、物語や構造がシンプルでも見応えが増したように感じます。
◎劇団翔「ボラダ」
正解がない重いモチーフを中心に置きながら、ワンシチュエーションの中で、物語の構造や人物の条件付けを丁寧に組み上げている作品でした。
もったいないのは、演技や言葉で示される人物造形が記号的に偏ってしまった点です。ひとによってさまざまな態度を生み出しやすい題材を選んでいるのに、表現が類型的になってしまい奥行きを感じにくい結果を導いてしまっていました。
しかし、作品の方向性と感性は演劇と相性が良いと思いますので、次作も見てみたいと感じました。
◎はっぴぃ ゃみゃみ「グラデーションボンバーガールいとうありさ」
エキシビジョンという位置付けで、ほかの上演と条件が異なるようなので単純な比較はできないということが前提になりますが、制限時間いっぱいのパフォーマンスを、ひとりの言葉と身体で正面から挑んでいて、演劇的な魅力を強く感じられる作品でした。
演技における覚悟や、客観性を持った自分へのデザイン意識も感じられました。
ただ、テンションの高さや力強さでごまかされがちな、デザインそれ自体の幼稚さや、未検証のままの嘘、閉鎖的な自己陶酔を許容してしまっている点が、演技上の課題だろうと思います。